格好良い男


前からふと抱き続けた疑問―なぜこんなに馬鹿みたいに毎日ブログを更新し続けるのか―について考えたい。確かにこのブログを続ける理由については過去2回ほどその答えを、簡単ではあるが出した。


①将来のネタになる
②ストレス発散


いずれもひとつの答えではあるがあくまで「ひとつの」答えにすぎない。
まあでもそういう利点もあるから、と友達にブログの開設を勧めても多くの友達はいっこうにブログを開設しようとしない(というほど勧めてはいないが)。逆に「なんでそんなに頑張ってるの」とか、この前の津田沼での飲み会では高校の友達に「でもそういうのって痛くない?」とか言われる始末であった(その友達はこのブログを見たわけじゃないから、あくまで一般イメージでの話だが)。そういう時は紀貫之の『土佐日記』を引き合いにして男が日記をすることの自然さを主張したりした。でも貫之だけじゃ無理があった。



確かに普通の男がマメに日記(あくまでブログと主張するが)を書くことはほとんどないように思われる。事実私は紙だったら絶対日記なんかつけないだろうし、つけたこともほとんどない(少しはあるけど)。ではなぜブログだと書く意欲がわいてくるのか。最近は「一種の性癖だから」でなんとなく片付けていたんだけどやはり「不自然」であった。正確には、塩野七生に言わせれば「不自然」であった。『男たちへ』に収録された「女の性について」の一部を引用する。

赤裸々であることが、女の「性」なのであり、つまり、女にとってはよほど「自然」な生き方なのである。男だってこの頃は、赤裸々に書いたりしゃべったりするのがいるのではないか、といわれそうだが、あれはあくまでも「赤裸々的」であるだけで、男性の性の根元の欲求から生まれる衝動ではない。実際、そういう男は、同姓から軽蔑されることはまずおいても、われわれ女からみても、不自然である。精神的にしてもまっ裸になりたいという欲求は、男の本来の性に反するのであろう。


世阿弥の「秘すれば花」ではないが、男の性はこのブログのようになんでもべらべら話すことではないらしい。そんなことはとうの昔からうすうす感づいてはいたがいざこうして文章で見るとやはり心の動揺は抑え切れなかった。問題はこのブログが「赤裸々」に語っているのか、あるいは「赤裸々的」なのかではない。いずれにしても女(というか塩野七生)から見れば「不自然」なのだから。



これは今まで考えていた「自分の中で『父性』がやや欠落しているのではないか」、との考えとも結びついた。詳しいことは書かないが、自分の父親を見ていて感じていたことだがどうも自分は『母性』的な部分が他の男より強いのではないか、と思っていたのである。



仮に『母性』的な部分が強いからといって、それがそのまま「赤裸々」性癖につながるかというと、つながらないと信じたい。あえて問うならば「赤裸々的」であることを信じたい。少なからぬ人が(たとえ10人だろうが)見ているからその人達の期待を裏切りたくない、という一種の奉仕精神が普通の人より幾分強いだけだ、と。



ただそうした男は「不自然」とは言わないまでもけっして格好良いものではないのは間違いない(何より私の場合はこうした文章を書きながらも現実ではけっこうおとなしいというギャップが問題なのは十分自覚してはいるが)。『ヒミツなふたり』(B'z)には「謎めいたところに魅かれる性分ゆえに知ってしまったとたんに飽きるんだとさ」とか「やんなっちゃうよそこをみせないでもっと楽しませてお願い 男は無口な方がいいと誰か歌ったなあ」という歌詞もあるくらいである。



奉仕精神だろうが、母性だろうがなんらかの性質がこうしたブログを書かせているのは間違いない。自分では恥ずかしいことだとも思ってないし、なんと言われようがおそらく特別な事情でもない限りやめることはない。ただしちょっと3日ほど休ませて頂きたい。少しブログを書くことをやめた生活を送ってみようと思う。



最後になるが、他の人のブログを見るのは楽しい。「1回だけ見たけどその後見てない」って人がよくいるが(そのブログは私の場合もあれば、他の人の時もある)、それが普段良く会う友達のブログならすこし寂しくないですか。というか「あんたにはブログを見るほどの関心はないよ」と言っているようなものではないですか。私だって友達のブログを毎日見るわけでもなければ、見たとしてもその内容が私の関心を引かなければ読み飛ばすことも多々あります。ただ1回しか見ないっていうのはどうかな。本当に友達ならもう少しその友達のことを知りたいと思わないのかな、せめて2〜3回くらいは見てあげようよ、と。それで読むまでもないかな、と思えばそれ以降見なければいいわけだし。



押し付けがましいですか。まあなんと言われようが構いませんがそう思う人もいるって知ってくれればそれだけで嬉しいです。そもそも文章を見ること自体苦痛って人には友達だろうがなんだろうが関係ないと思いますしね。
ここまで読んでくれた人が何人いるか知りませんがこんな駄文に付き合ってくれたことに感謝。薄明なので理性ぶっとんでます、と最後の最後に付け加えておこう。