無罪モラトリアム・ある意味エピローグ


はっきり言って11月6日以降は惰性で続けている。今ではこのブログを続けている意味すらあまり感じられない。


自身を顕したい時がある。特に世の中がよくわからなくなって、自身もよくわからなくなってきたとき。


ボクは高校2年生くらいからだった。世の中がよくわからなくなったわけではないが、無意識に自身がよくわからなくなっていた気がする。中学の時は生徒会もやるわ学年でも毎回ほぼトップだわである意味目立った存在であったのが高校に入ってからあまり目立たなくなり、部活でもなんら要職につくこともなく普通に過ごした。考えてみれば自分と学力的に似たような人が集まる高校では当たり前のことなのだが、当時としてはあまりの”ポジション”の違いに自身がよくわからなくなったのだと思う。


自身の発露を文章に求めた。前にも書いたけど高2の頃からボクは部活中によく文章を書くようになる。おそらく、文章の中身はどうあれ、自身の存在を強く顕示したかった。その流れは脈々と続き、そして浪人中も続いた。文章には時に葛藤が表れ、笑いも飛びだせば悲しさも悔しさも滲み(にじみ)でた。


予備校での八柏先生(日本史)との出会いは大きかった。先生は日本史という教科を通じて世の中の何たるかを、その世の中で先生自身どう生きてきたかを真摯に語ってくれた。世の中何たるか、人生何たるか一般論で話されても何の説得力も持たない。相手を強く突き動かすのはまさにその人がどう生きてきたかであり、その人自身なのである。その厳しくもあり、人生に真摯に向き合う先生の態度はボクの密かな共感を呼んだ。全てではないが、少なくともボクの何かを突き動かす部分はあった。


それから1年以上の月日が流れて今ボクは大学1年。10代の時―と言ってもほとんど高校時代のことなんだけど―の思ったこと、感じたことの多くはその先生を通して消化された気がする。その消化されたものを一応自分なりにこのブログで発信してきた椎名林檎の1stアルバム『無罪モラトリアム』は彼女が10代の時に作ったもので、彼女の10代の集大成らしい。おそらくボクがどんなアルバムよりも聞きこんだアルバムだと思うが、なぜだかその楽曲にはどこか自分に染み込むものがあった。


集大成、と言ってもその発露は時にしてみれば一瞬の出来事である。ボクもある意味10代の自分は文章においては出しきったと思う。椎名林檎がソロでの活動を停止して東京事変というバンドを結成したように、ボク自身もまた新たな道を歩みださなければならない。大学4年間で蓄えたものの発揮は社会に求める。これは一瞬ではならない。


この4年間というとてつもなく長いモラトリアム。どう転ぶかはわからないがボクという人間がどういう人生を歩んでいくのか、そのレールの大筋を決定づける大事なモラトリアム。大切にしていきたい。