『思考のレッスン』(丸谷才一 文春文庫、2002)


実はこの間書いた靖国に関するレポートは自信を持って「最悪」と言ったけど、この本を読んでその認識は間違っていなかったと確信できるまでに至りました。ボクはレポート(論文)というのは何かしらの主張の場であると認識していて、それができていないという意味で「最悪」と言っていたんですが、そもそも"主張"と言うのがニュアンスとしてどこかおかしくて、どちらかと言えば"仮説"と言うほうがしっくりくることに気づいたのです。


"仮説"というのはもちろん壮大なものである必要はないし、何かと何かの関係を自分なりの視線で述べていけばいいわけです。それでその仮説というのをそのあと実証的に説明していけばいいんだけど今回のレポート、全くその体裁が整ってないよ!



1では靖国神社の歴史を軽く振り返り、
2では靖国問題の現状を述べる。
3では脈絡なく日本の政治体質を古来から振り返り、
結局イデオロギーだなんだと全体論でまとめだして
難しくて解決するわけないや
と締める、というか投げ捨てる。




仮説どこいった!?





っていうか1と2の意味は何?

これじゃエッセイの延長じゃんか、と。まあこの本はまるでボクのために書かれたかのように今後自分が改善していくべき部分をやんわりと指摘してくれるのです。おじいちゃんですから、やんわり。この諭してくれる感じのやんわり感が好きだなあ。全然傲慢じゃないしさ。



またこの本にはボクの知らない文学者、文学作品がたくさんでてきます。
岡本綺堂石川淳吉田健一プルーストメレディスジョイスバフチン、『サンガル年表』、『マクベス』、『ユリシーズ』、『百年の孤独』、『曾我物語』etc.
恐らくこれでも全体の0.1%も挙げていないと思われます。


それじゃあ「何を言っているのか理解できるのか」と言われそうですが、確かに完全には理解できるはずがありません。でも雰囲気で読み進められます。そもそもこれは文藝春秋で連載されいたものをまとめたものですから固有名詞はわからなくても多くの人が理解できるように書かれたものだと思うのです。(というかインタビューに近い?)


ボクは逆にそのわからない固有名詞ひとつひとつが結果的に文学の幅広さ奥深さを示唆しているので「こんな世界があるのか」とわくわくしながら読むことができました。でも文学好きで詳しい人にはそれはそれでたまらないんだろうなあ。



解説で鹿島茂さんが生徒との対話形式でこの本のエッセンスをわかりやすく書き上げているので(内容だけでも十分なほどわかるけど)少し興味を持った方は後ろの解説だけでも見てみるのはどうだろう。読んでみて絶対損はないと思うけど。